あまりにも唐突だった。まさか本当にそうだとは思わなかった。
女の子は泣いているし、一緒にいたお父さんは何が起きたのか把握できていない様子だった。
「まっすぐおじさん」と密かにそう呼んでいるおじさん。
背は低くずんぐりむっくり、ブルドックにもにたその赤ら顔をにこりともせずすごい勢いで毎朝歩いてくる。
そのおじさんといつもすれ違うのだが、進行方向を決して曲げない。誰かとすれ違っても決してよけたりしないので「まっすぐおじさん」と呼んでいたのだ。
今日の帰り、歩道橋を前方から小さく「まっすぐおじさん」が歩いてくる。
私の手前にはお父さんと小学校4、5年生くらいの女の子が並んで歩いている。
3人がすれ違うには若干細い歩道橋の上である。
おじさんをよけきれなかった女の子が、おじさんの体にぶつかった瞬間、女の子の小さな体が弾き飛ばされてしりもちをついた。
おじさんはそのまま進路を変えずに振り向きもせず、ずんずん歩いていく。女の子は泣き出すし、お父さんは何が起こったか把握できていない様子。
おじさんは何事も無かったように、進路を変えずずんずん。
私ともすれ違って、ずんずん。
そうしているうちに女の子は泣き止んだようで、お父さんとまた歩き出した。
おじさんに文句を言おうかとも思ったけど言えなかった。恐かったし。
誰か困っている人の手助けをするのはたやすいが、どう転ぶか分からない事態に飛び込むのは怖いのだ、私は。それよりもなによりも胸がムカムカして、その自分にどう対処したら良いか分からなくなっていた。
それにしても、どうしたって確率論的に、こういう理不尽な事態に会うことがある。
そういえば会社の後輩君は、先日混んだ駅で、登り階段を逆に降りてきた高校生に腹パンチをくらったそうで、半日ブルーになってたな。
「逃げるのもまた勇気」と言ったのは、今住んでいる土地購入時に担当してくれた不動産部門の柔道有段者の方だが、確かに然りな部分はある。どうしようもない事故みたいなことには遭遇しないように気を配るのもまた必要なのかもな。日々、ムカムカしないためにも。
こんな理不尽な事や理不尽な大人に出会って、あの女の子も、これからあぶなそうなものには近づかないようになっていくのかもしれない。
ちなみに、娘にこの話をしたら、やはり危なそうな人には近づかないように気をつけているんだそうだ。特に電車なんかでは、ちょっとでも違う雰囲気をかもしている人がいたら車両を変える、とかするらしい。
日常をゆるゆると生きていくには、その術を学んでいく必要があるんだよなあ。
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それにしても、仕事、まったく先が見えず。
夜ごはんをまともに作れない。
コントラバスの練習もできない。
これを書く暇は...不思議となんとかひねりだしている。